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2007.12.27

資料:【半世紀前の改憲論争】② 中村 vs 辻

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「いかに敗戦という事態にぶつかったにしても、十年間にあなたの学者的良心がかくのごとく百八十度転回されたということについて、どういう心境の変化からそうなられたか。

「天皇制のもとで、可能な範囲において、あなたは学者的な発言をなさったとおっしゃるが、しからば、将来共産主義政権ができたら、共産主義政権のもとにおいて、可能な範囲であなたの言論を学者の良心としてお述べになるつもりか。

中村
戦争中は、私なんかには権力を徹底的に批判するというまでの態度はなかった。それがやはり間違いであったということを私は考えております。」

「現在憲法改正とか、アメリカの要求する再軍備であるとか、こういうことに対しては、やはり権力そのものに対しても屈しないようにしなければならないということで、私は行動しておるわけです。」
なんと激しいやりとりでしょう。

社会党の変節御用学者・中村哲氏へ自民党の辻正信氏による執拗な攻撃が加えらます。
公聴会の案件は「憲法調査会法案について」となっていますが、その目的は社会党(護憲派)と自民党(改憲派)のそれぞれの御用学者をつぶすことにありました。

自民党議員は社会党の御用学者に、社会党議員は自民党の御用学者に攻撃を加え、相手の理論の矛盾を露呈させ、自己の主張の正当性を証明することに固執します。

しかしなぜ、これほど激しいやりとりになったのでしょうか。
最後の質問者である社会党の 茜ケ久保重光(あかねがくぼ しげみつ)氏の発言にその理由の一端を知ることができます。
「先ほど神川先生や大坪保雄君などは、追放ということについて中されておりましたが、私はあの戦後の追放は当然だと思うのであります。

私どもは戦争中、当時の治安維持法というあの悪法によって、ちょっとこいということで三年も四年も刑務所につながれ、あらゆる拷問を受けて参りました。

こういった善良な人民を悪法によって縛り、これを痛めつけてきた。こういったことをやった諸君は、死刑になるのはもっともなくらいで、追放等は当然であります。」
戦争中に不当な扱いを受けた左翼、占領中に不当な扱いを受けた保守派、各々の個人的な恨みがここまで白熱した議論を生んだのでしょうか。

2人のやりとりの全文は国会会議録検索システムで公開されていますので、そのまま転載します。